「隅田川七福遊び 木版宝舟」

の由来

 

 隅田川七福神は江戸の町民文化が花開いた文化・文政時代(1800年代)、向島百花園に集まる文人墨客たちにより始められました。

 江戸時代、初夢を見るため、幸せを運ぶ「宝舟」の絵を枕の下に敷くことがはやり、江戸の巷では「お宝!お宝!」と呼び売りされる「宝舟」の版画が、江戸庶民の初夢を飾っておりました。

 この「隅田川七福遊び」の木版画は、隅田川七福神参拝の印として、また、初夢の「宝舟」として、隅田川七福神が始まった当時から評判を得ておりました。

 なお、この絵は、谷文晁の弟子喜多武清(1776〜1856)が描いたものといわれております。残念なことに元の版は東京大空襲のおり焼失してしまいましたが、復刻して皆様にお分けしております。

 また、隅田川七福神が乗り合わせる舟は、多くの宝舟が海を渡る唐様の舟でございますが、当時の隅田川周辺の農耕地帯で多く見られた川や水路を行き来する田舟となっていることも特色になっております。

 隅田川七福神のご参拝とともに、「隅田川七福遊び 木版宝舟」で皆様の楽しい初夢がかないますことをお祈り申し上げます。

向島百花園 茶亭 さはら 亭主敬白